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がん治療の選択肢「天仙液」の情報をお伝えするポータルサイト

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天仙液などの統合医療をはじめて、半年で肝臓がんが消失しました

【生きる喜びという気持ちが新たに湧き上がる体験談を取材】

【取材内容】
取材日時:2018年9月7日(金)
取材場所:帝国ホテル東京
取材対象:柴田 修さん、愛知県在住(67歳)
病  名:肝臓がん

私どもの相談室で「とても元気、明るい方」と話題になっている肝臓がんを克服した柴田修さんに会うため、宿泊先の帝国ホテル東京の喫茶店で、その良くなった体験の話を伺って参りました。初めてお会いする柴田さんは病人とは思えないほどの明るさと元気さに、渋さもあり、おしゃれ感満載の素敵な男性でびっくり‼落ちついた喫茶店の一角で、柴田さんは軽快な口調で肝臓がんになったきっかけや治療過程などの体験を語ってくれました。

39歳でB型肝炎から肝硬変に・・・主治医の勧めで漢方薬を始める

お話によると、二代目として家業を引き継いでから、四六時中に営業や接待などで全国飛び回り、がむしゃらに働いたところ、39歳頃に過労でB型肝炎から肝硬変となり、主治医から「よく治しておかないと絶対肝臓がんになる」と、はっきり言われました。その後で知った話ですが、B型肝炎もいろんな種類がありまして、私の場合は母子感染ではなく、乳幼児の時の予防注射による感染ではないかという珍しいタイプのB型肝炎からの肝硬変だと言われました。

その後、43歳の頃に頃肝硬変で2~3回倒れたので、知り合いの(大学付属病院の先生、その後独立して開業医となった有名な)先生から、「私を信じて、まず6年位漢方を飲んでみましょう」と勧められ、その先生が処方された漢方をずっと飲んでいました。しかし、その後その先生が何と前立腺がんで亡くなりました。私より1歳年上の先生だったので、信じがたい事実でただただ驚きばかりでした。

50歳で肝臓に腫瘍を発見、ラジオ波治療や塞栓術治療まで受けるが・・・

それから50歳の時かな、大学病院の精密検査で7mmの腫瘍が見つかり、主治医から「ラジオ波焼灼治療などにしましょうか」と言われた1週間の間に、なんと腫瘍が20mmまで大きくなっていました。腫瘍の進行の速さは主治医も驚かされていました。

その後、名古屋大学附属病院で10年位ラジオ波治療を受けました。毎回の治療は腹部に穴をあけ、80℃10分の高温照射を受けることなので、その結果、肝臓に治療の穴ができてしまい、皮膚も炎症をおこしました。治療によるダメージで体力が消耗しただけではなく、身体中の言いようのない凄まじい痛みに耐えられませんでした。そのボロボロの身体でとうとう主治医から「もう限界、これ以上の治療は継続できない」と言われました。それから、肝動脈の血管にカテーテルから抗がん剤を注入する塞栓術治療も受けたが、結果的に効果がなくて、がん細胞がぜんぜん消えなくて、副作用だけが残っていましたね。もう手の施しがない状況のなか、主治医から抗がん剤を流し続けるカテーテルを入れる治療にしましょうかとも提案されましたが、長い間ずっと通っていた病院でしたので、親しくなった看護師から「その治療は結構大変なので、柴田さんの今の体調で受けると今度もう歩いて帰れないかもしれない」と、体へのダメージの大きさを教えてくれました。

友人から勧められた天仙液などの併用で肝臓がんが消えた

その時の治療は大きい方の肝臓でしたので、2017年1月に肝臓の小さい部分にも影が見つかったため、再び入院して経口の抗がん剤治療を始めたが、副作用のため3月にいったん中止しました。5月退院の際、がん細胞への効果がないと言われ、あげくに髪の毛が抜ける、手が痺れるなどの副作用に見舞われました。ちょうどその時、北里大学を通っていた友人から天仙液を紹介されました。漢方は以前から飲んでいたので、とりあえず飲んでみようと決めました。

5月はじめころまだ入院中でしたが、私は自分の判断で天仙液Sを(1日3本60cc)、天仙丸6号(1日9粒)を併用することにしました。併用を決めた日から5月下旬退院の際の検査では数値がよく、その後、自宅療養中の7月24日の検査では、なんと腫瘍マーカーが1500から300に下がりました。それから8月14日のエコー検査も良い結果でした。実は天仙液、天仙丸の併用を話していなかったので、主治医が抗がん剤の結果だと喜んでいました。

それからも体調がよく、2018年1月の検査で、何とがんがきれいに消えたんです。しかも肝臓に空いた穴も塞ぎました。主治医が驚いた顔で、その場で、10年以前のCTなどの診察データなどを見直してくれて、首をかしげて「これ間違いなく柴田さんの肝臓データでしたよね」と信じられない顔で、「間違いなくがんが消えました」と確信してくれました。

実は、とても運のいい事で、私は10年間ずっと同じ大学病院で同じ主治医の治療を受けることができました。話によると大学病院は通常、先生の入れ替わりがあることで、その都度、主治医変えざるを得ないそうです。周りからも不思議がっていましたが、おそらく神戸大学付属医院の眼科に勤めている親戚が、主治医宛に手紙を書いてくださったおかげかもしれません。そして今は、昨年変わった新しい先生でしたので、天仙液の併用を明かしました。と同時に肝硬変の治療の時から飲んでいた「木鶏丹」という漢方と鍼灸治療も受けていることを先生に話ました。その話を聞いた先生から、「だぶん何かしているのではないと思っていました」と言われました。また、先生が抗がん漢方薬の天仙液に興味を示していたので、香港から天仙液に関する詳しい資料を手配して差し上げました。

妻への感謝を胸に、天仙液と鍼灸療法で生きる喜びをかみしめています

がんが消えた原因とは何かを聞かれても、正直に言うと本当によくわからないですよね。なぜならば、大学病院の先生も同じ肝臓がんの方も100人にいたら100人とも結果が違うと言っている位なので、恐らく今飲んでいる天仙液、漢方、鍼灸などの治療が自分の身体に合っているということでしょうね。また、病気になった時、物事に対する考えは、人間誰しも一回は死ぬから、死に対する恐怖感は私にはなかった。日々明るく自分の病気と向き合い、自分の病気は自分の力で治すという考えでした。

運動については、病気になる前よくやっていたゴルフは、左手の親指を怪我して力が入らずクラブが握れなくなってからやめました。また抗がん剤の副作用で階段や坂を上ると息切れになる時があるので、これといった運動はしていないですけど、その代わりに毎月の鍼灸治療と東京に住む娘と孫に会うための上京の移動が、私なりの運動というかもしれない。そして日々の食事はカロリーコントロールして糖分を控えたり、毎日5時過ぎに夕食を済ませたり、8時過ぎにベットに入って大好きなアメリカジャズ音楽を聴いて眠りたいといった規則正しい生活習慣が、私の免疫力を維持してくれた源となり、がんに克った要因と言えるでしょう。

病気になってからがんが消えた現在も定期検査をしながら天仙液、漢方、鍼灸治療を継続しており、病院の治療は痛風と脂肪肝の薬だけです。このような日々を送れるのは、言うまでもなく全てそばにいつもいてくれた妻のおかげです。妻には言葉では言い表せないほど感謝の気持ちでいっぱいですと笑いながら語ってくれました。

【取材を終えて】

ご自身のがん病体験を明るく語る柴田さんの元気な姿をみて、こちらもパワーを貰えて、生きる喜びという気持ちが新たに沸きあがってきました。思わず次回、上京の面会をお願いしました。

取材終了の際、ホテルまで会いにいらっしゃった娘さんと可愛い双子のお孫さんにも紹介され、とても幸せそうな柴田さんの姿をみて、私たちも幸せな気分でいっぱいでした。

■取材レポート/国際癌病康復協会 大屋玲子 

柴田修さんの画像02
柴田修さんの画像03

▲柴田 修さん67歳 愛知県