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がん治療の選択肢「天仙液」の情報をお伝えするポータルサイト

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膵臓がんで手術不能の絶望の淵から救ってくれた天仙液

・体験者:榎田 富美代さん、鹿児島県在住(59歳) 報告者:築志津代さん(姉)
・病 名:膵臓(膵頭)がん

9年前の2012年5月、膵頭がんステージ4と診断された榎田さんは、死を覚悟したとのことです。でも、がん宣告を受けた数日後に叔母から「天仙液という漢方があるから、試してみない?」と連絡があり、助かるのであればとの一心で、天仙液を飲むことにしたのです。入院後は抗がん剤TS-1、放射線治療と天仙液の併用で、なんと3ヵ月で6cmほどあったがんが2㎝に縮小していたのです。「今後の経過で手術が可能」との診断でした。その回復力の早さは抗がん漢方のおかげだと確信しているとの、姉からの報告です。

化学療法と天仙液の併用で末期がんから生還!

私の妹は50歳になった節目だからと、2012年の5月の初めに気軽な気持ちで健康診断を受けたのです。その結果、なんと「膵頭がんのステージ4で手術不能です」と医師から宣告されたとの報告を受け、私たち家族全員、悲しみと生命の儚さを感じて、絶望の淵に陥り、妹のがんという病気を受け入れることができなかったのです……。何故なら、2年前に母をがんで亡くしたばかりで、悲しみが癒えぬまま、今度は妹の診断を知る羽目になるなんて……。

でも、がん宣告を受けた数日後に、叔母が『インターネットで知ったけど、天仙液という漢方薬があるから、試してみないか?』との連絡が入り、妹が助かるのであればどんな事でも受け入れ、実行していこうと決心しました。救いたいとの思いから、“良いというものは何でも試そう”、“絶対に救うぞ”との信念で、家族の絆が強くなったのも確かです。

6月23日、待ちに待った天仙液が送られてきて、飲んだ後、『身体全体に染み渡る感じだ』と嬉しそうに飲んでいる妹の顔には安堵の表情が見え、皆で嬉しさと安心感でホットしたひと時でした。5月から7月にかけて、4箇所の病院で検査入院し、ようやく8月に入り放射線(1日2回の計40回終了)と抗がん剤のTS-1(1日2回服用)の治療が開始され、TS-1は一旦8月23日で終了して、再度9月5日から2週服用、2週休薬という形で続行しました。

この治療の効果判定が、9月26日に出ました。CTの検査が行われ市立病院で5×6cmといわれたがんの大きさが2cmに縮小し、今後の経過次第で手術も可能と言われたのです。ただ、「太い血管への浸潤はありますが…」という医師の言葉がありましたが、希望に繋がる効果だったので、がんの消失も近い感じがしています。天仙液を飲み続けて、1ヵ月そこらの治療での回復の早さは、私たち家族はもとより、妹も天仙液の力だと確信しています。家族にやっと笑顔が戻ってきました。この難治性のがんとどう戦い続けていくのか? 途方のない日々がこれからも続くと思いますが、天仙液とともに、今日一日を大事にして 希望を持ち生きていこうと妹と話しています

その後のご様子を報告

定期検査で怪しい影があると診断され、平成25年1月4日より2週間の検査入院で、CT、腹部エコー、MRI、PET、超音波、内視鏡の検査を受けました。

結果は、どの検査でもなんと1cmにも満たないミリレベルかミクロレベルにまで小さくなっておりました。主治医の先生からは、「抗がん剤が効きましたね。画像には腫瘍が写っていませんが、小さくてもまだ芽があるので、この大きさならば手術出来ますよ。ただ、手術となると胆嚢を全摘し血管も2本ほど切ることになるので、10時間程時間を要します」と天仙液を併用していた事を知らない主治医の先生より手術を勧められました。

発症してから9年、孫も生まれました

自宅に戻ってから、家族と親戚で話し合った結果、「ここまでこられたのは、天仙液のお蔭。抗がん剤だけだったら、どうなっていた事か……。「手術は延期か中止の方向にしよう。」と決めました。今後は通院で検査をする事になりますが、手術なしでの回復はありませんと先生に念を押されました。

抗がん剤治療中は1日に3本飲んでいた天仙液を、身体の様子をみながら1日に1本から2本飲み続けています。他に心がけている事としては、日常生活で身体を冷やさないよう、生姜をお料理やお茶にも使用して対策しております。ただ、消化管の手術を受けているので、消化液が少ないために、今も肝機能の数値は良くありませんが、毎日、元気に健康的に毎日を過ごしています。

発症してから9年を経た今も年に1度の定期検診は続けていますが、体調は良好で医療事務の仕事を続けています。あの頃学生だった子供たちも家庭を持つようになり、最近は孫を抱ける幸せをかみしめている毎日です。

榎田富美代さんの画像

▲榎田富美代さん59歳 鹿児島県
報告者:築志津代さん(姉)

難治性の末期がんを克服されて、孫を抱く幸せをかみしめる。

▲末期がんを克服されて、お孫さんを抱く幸せをかみしめる。