腎臓がんを克服された中島栄さん
(62歳・茨城県)の体験をレポート
腎臓がんステージ4で「余命は傷が癒えるころ」から4年間が過ぎました。
【中島栄さんの闘病経過】
2013年(平成25年)4月に血尿が出たので病院で検査を受けるも、特に異常は見つからなかった。けれども、理由なしに血尿が出るわけがないと思い、再度、CTとMRIの検査を受けた結果、炎症反応が起きている可能性を指摘されただけだった。
ところが、3か月後の検査で「腎盂がんステージ4です」と宣告され、9月に手術を行った。手術後は腎機能が落ち込んでいるため、抗がん剤や放射線治療は受けられず、「余命は傷が癒えるころではないでしょうか」と告げられ、病院での治療はなしの状態となった。それから、がん治療は良いというものは何でも試し、いろいろな代替治療も行っていた。
【中島栄さんの体験をレポート】
―その後にリンパへの転移が見つかったそうで、どのようにされたのですか?
2015年に首にシコリを自分で発見し、リンパへの転移でした。今度は体力がある程度回復しているのでと、抗がん剤治療と放射線治療を行うことができました。思ったほどの副作用もなく、多少がんは小さくすることができました。しかし、治療が始まってから10ヵ月後、肺にも転移していると告げられました。何か治療方法がないかと病院に聞きましたが、もうなすすべはなく緩和ケアを勧められました。「自分はこんなにも元気なのに、何もすることができないとはどういう事なんだ?」と考えながらも、何もしてもらえないならしょうがないと情報をたくさん集めました。もともと友人たちからは漢方薬はがんに良いとよく聞いていましたが、親戚がネットで調べてきた天仙液が良いとの事でした。体験談をみると自分と同じようにがんで苦しんだが、回復している人がいるという記事を読み、気持ちが楽になることができました。
―実際に天仙液と天仙丸を飲まれてから体調はいかがでしょうか?
免疫治療も受けようと考えましたが、あまりに高額だし思ったより効果がない、と聞いたので受けるのはやめました。6月初旬には天仙液と天仙丸7号を購入し、飲みはじめましたが、最初の頃は胃が少しむかむかしていましたが、2週間ほどたったら元に戻りました。天仙液と天仙丸を服用することで、最初の手術から便秘気味になっていたが解消されました。また、体重も一時は10kg減少していましたが、今は3kgほど回復しました。また、疲れがたまらなくなり、暑くても食欲が出るようになってきました。
―これからの日常生活で気を付けていることや心がけているのは、どんな方法ですか?
現在、食事は魚、キノコ、にんにく、玄米、ハチ入り焼酎などを基本にとるようにして、極力ストレスをためないように心がけています。普段生活している時は、病気のことは2割くらい考えるようにして、8割は夢中になることを考え、余計な事を考えないようにしています。また、同じ病気の人たちとの仲間としての話しが自分にとっては良い刺激となっています。がんが完全になくなることはないとは思いますが、余命宣告されてから4年が経ちました。今の生活がずっと維持できるように、天仙液と天仙丸をこれからも飲み続けていきたいと考えています。本当にありがとうございます。
※この体験レポートは、ご本人の実体験に基づくもので、天仙液の効能・効果を示すものではありません。
■取材後記

【中島様の体験談を伺いに茨城県へ】
茨城県自体は私自身も初めて訪れる場所であり、どのような土地、文化のもと暮らしている体験者の方なのか知るためにお伺いしました。
待ち合わせ場所は、常磐自動車道谷和原インターより車で2、3分のところ。ココスというファミリーレストランでした。
緩和ケアであったり、余命宣告されている方なので、お身体もかなり華奢になられているのではないかなと思っていましたが、お会いしてみてびっくりしました。顔色も良く、背筋もしゃんとしていて満面の笑みで迎えて頂きました。
お話を伺っている際も、お身体の状況のお話だけでなく、昔自分で行っていたお仕事のお話などもしていただき、私の方がたくさんの学びや気付きを頂いてしまう結果となってしまいました。
「ギャンブルが好きなんだけど、競馬や競輪も夢中になれるのが楽しい。病気のことは2割くらいで、あと8割は自分が夢中になれることばかり考えてるよ。」
ストレスをためないようにすることがいかに大事か教えて頂きました。
最後まで笑顔で会話をしてくださる姿勢に、自分自身も学ばなくては いけないなという思いと感謝を感じることができた取材になりました。
中島様、ご対応いただきましてありがとうございました。
P.Sこの件に関して詳しく聞きたい方はこちらにお電話ください。
国際癌病康復協会 0120-519-559