
2010年代にがん免疫療法で治療効果が証明された薬剤が日本でも承認されたため、新しい治療法として「がん免疫療法」が注目されるようになりました。従来の抗がん剤や放射線療法では治療の効果がなかった患者に対しても有効性が報告されているため、治療の難しいがんと闘っている患者にとって希望の光となるかもしれません。
当記事では、がん免疫療法の仕組みや種類、注意点などを解説します。
1.免疫の力でがんの増殖を抑制する「がん免疫療法」

がん免疫療法は、本来の免疫機能をサポートしてがんの進行を防ぐ治療法です。化学療法による抗がん剤治療に比べ、がん細胞以外の細胞への影響が小さいとされています。
がん免疫療法の歴史は意外にも古く、1890年に外科医のColy氏による実験により、がん患者に細菌を投与することで免疫反応が活発になり、がんが小さくなったことが発見されました。1950年代になると細菌由来の成分で作られた薬剤が開発され、免疫機能を利用した治療法の研究が進みました。1990年ごろになると人間の遺伝子の解析が進み、がんの発生メカニズムやがんに対する免疫反応が解明されるようになり、がんの治療は飛躍的に進化しました。
体に備わる免疫とがん
人の身体に備わっている免疫機能は、本来、体外から侵入した病原体以外にもがん細胞を攻撃して死滅させる働きがあります。人間の身体には常にがん細胞が作られており、がん細胞の増殖が止まらずに大きくなったものが「がん」です。体内でできたがん細胞に対して樹状細胞やT細胞、B細胞が異物と認識してNK細胞やマクロファージなどが攻撃します。通常であれば免疫機能によってがん細胞の増殖は防がれますが、免疫の働きを邪魔する物質を放出したり、がんに特徴的な目印を隠して免疫機能の目を誤魔化したりするがん細胞も発生することがあります。がんを予防するためには免疫機能の維持が重要ですが、がん治療の成功率を高めるためにも、定期的に検査をして早期発見することが大切です。
他の治療法が効かなくても効果がある可能性も
1990年代には、健康な細胞とがん細胞を分ける目印である「がん抗原」が発見され、免疫細胞がどのようにがん細胞を排除するかが解明されるようになりました。また、免疫機能ががん細胞を排除する働きを利用した治療法が生み出されたことで、治療が難しかったがんへの有効性も確認されました。
2010年代に開発された新しい治療法では、抗がん剤が効かない悪性黒色腫(メラノーマ)という悪性の皮膚がんに対して約30%の治療効果があるとされています。そのため、がんの治療に行き詰まったとしても免疫療法によって治療を続けられるかもしれません。
2.がん免疫療法の種類

免疫療法は、がんに対する免疫機能の向上を目的としたものと、がん細胞を攻撃する免疫細胞や抗体などを患者へ投与する方法が主流でした。がん細胞や免疫反応の研究が進むと、がんに対する免疫反応を回復させる治療法も開発されるようになり、がん免疫療法によってもさまざまな方向からアプローチが可能になります。
非特異的免疫賦活薬
1970年代に開発された治療法であり、古くから存在する治療法の一つです。細菌やキノコ由来の成分から作られ、免疫機能を高める効果が期待できます。しかし、がんに対する免疫機能が向上する仕組みが解明されなかったため、外科手術や化学療法、放射線療法などの補助的な治療法として利用されています。
サイトカイン療法
1980年代に開発された治療法であり、免疫細胞を活発にする「サイトカイン」を投与することで免疫機能を高めます。サイトカイン療法の代表的な医薬品としてインターフェロン製剤が存在し、過去にはC型肝炎治療薬としても使用されていました。日本では腎癌や悪性黒色腫、多発性骨髄腫などの治療薬としても承認されています。
養子免疫療法
がん細胞への攻撃に関与する免疫細胞であるT細胞は、インターロイキン2というサイトカインの一種を用いることで増やせます。そのため、患者自身のT細胞を体外にて大量に増やし、体内に戻すことでがんに対する免疫反応を活性化させる効果が期待できます。欧米では悪性黒色腫や腎癌に対して臨床試験が行われ、10〜20%の患者で腫瘍が小さくなったと報告されました。
樹状細胞療法
がんに対する免疫機能を高めることでがん細胞の増殖を抑制することから、名前に反して予防ではなく治療を目的としています。細菌やがんペプチド、腫瘍細胞、DNAなどががんワクチンとして利用されています。日本では承認されていませんが、2010年にアメリカで去勢抵抗性前立腺癌に対してがんワクチンが治療法として承認されました。
がんワクチン療法
がんに対する免疫機能を高めることでがん細胞の増殖を抑制することから、名前に反して予防ではなく治療を目的としています。細菌やがんペプチド、腫瘍細胞、DNAなどががんワクチンとして利用されています。日本では承認されていませんが、2010年にアメリカで去勢抵抗性前立腺癌に対してがんワクチンが治療法として承認されました。
がん抗原特異的T細胞療法
免疫細胞が健康な細胞とがん細胞を区別するために必要な目印ががん抗原です。がん抗原は1990年代に発見され、がんにピンポイントで効果を発揮する治療法の開発が可能となりました。がん抗原特異的T細胞療法は、がん抗原を覚えさせたT細胞を大量に増やして体内に戻すことで、がん細胞を効率よく攻撃できる治療法です。急性リンパ白血病や非ホジキンリンパ腫など免疫細胞が作れなくなる腫瘍に対して効果が期待でき、がん抗原特異的T細胞療法の一種であるCAR-T細胞療法が日本でも承認されています。
iPS細胞を用いたがん抗原特異的T細胞療法
健康なドナーから採取した細胞から作成したiPS細胞からがん細胞抗原を覚えさせたT細胞を作成する治療法です。従来のがん抗原特異的T細胞療法に比べて細胞作成の時間と費用を削減できる可能性があるため、治療費の削減や迅速な治療開始にも期待されています。
抗体療法
がんに対する免疫反応で抗体は、がん抗原と結合することでがん細胞を死滅させたり、NK細胞やマクロファージなど他の免疫細胞に攻撃させたりする働きがあります。抗体療法は、遺伝子組み換え技術の発展によりがんを攻撃する抗体を人工的に合成することも可能となりました。日本では、血液腫瘍や乳がんなどで抗がん剤と併用することで生存率が大幅に改善したこともあり、標準療法としても採用されています。
免疫チェックポイント阻害療法
がん細胞は、免疫反応からの攻撃から身を守るために免疫機能を低下させる物質を放出します。がん免疫療法における免疫チェックポイント阻害療法は、がん細胞によって抑えられた免疫機能を回復させることで、がん細胞の増殖を抑えます。T細胞の機能を抑制する代表的な免疫チェックポイント分子としてCTLA-4やPD-1があります。
化学療法で使用される抗がん剤では効果が薄かったがんに対して高い有効性が臨床試験で報告されているため、2015年に日本でも初めて承認されました。
3.新しいがん免疫療法の医薬品

がん免疫療法は、100年以上の歴史があり、さまざまな治療法が開発されてきましたが、抗がん剤を使用した化学療法や放射線療法などのがん治療の中心的な治療法に比べると有効性に疑問が残っていました。がん治療は、外科手術や放射線療法、化学療法の3本柱で行われ、がん免疫療法は補助的なものでした。
しかし、2010年代から免疫チェックポイント阻害薬が開発されるようになってから、悪性黒色腫や肺がん、腎細胞がんなどさまざまながんの治療に効果があるとわかっています。現在も、胃がんなどさまざまながんへの研究が進んでいるので、多くのがんに利用されるかもしれません。
がん細胞によって抑制された免疫機能を復活させる
がん細胞の中には、免疫機能を抑制する物質を作ることで、免疫機能を低下させて身を守るものがあります。免疫機能には、免疫反応を活性化させたり、抑制したりすることで免疫が健康な細胞へ攻撃しないようにバランスをとる機能があります。免疫反応を抑制するチェックポイントであるCTLA-4やPD-1にがん細胞が働きかけることで、免疫細胞ががん細胞を攻撃しなくなるので、免疫機能を回復させることが必要です。
免疫チェックポイント阻害薬は、免疫反応を抑制するチェックポイントに結びつくことで、免疫機能を回復させてがん細胞の増殖を抑える薬剤です。
化学療法に比べると健康な細胞への影響が少ない
化学療法で使用される抗がん剤は、がん細胞に対して直接的に攻撃することで治療する薬剤です。抗がん剤は、がん細胞以外にも健康的な細胞にも影響するため、脱毛や嘔吐、吐き気などの副作用のリスクがあります。外科手術をした後に体内に散ったがん細胞を死滅させるために身体全体に効果があることはメリットですが、長期間の治療において抗がん剤による副作用は患者の負担です。
人の身体に備わっている免疫機能を利用するがん免疫療法は、化学療法に比べると健康な細胞への影響が少ないことが特徴です。
治療困難だったがんにも有効である場合も
他の抗がん剤や放射線療法などに効果が見られなくなったがんに対しても免疫チェックポイント阻害薬であれば10〜30%程度の割合で治療効果を示すことがわかっています。また、アメリカで行われた研究では、免疫チェックポイント阻害薬の一つであるSTLA-4阻害抗体薬では10年生存率が約20%、抗PD-1抗体薬の5年生存率は34%で、3人に1人は5年以上生きられることが報告されています。そのため、治療が難しかったがんに対しても免疫チェックポイント阻害薬を使用することで生存率を高められる可能性があります。
まとめ:がん免疫療法の研究は進んでいる

がん免疫療法は、19世紀末から始まった治療法であり、非常に歴史が古いものです。多くの先人たちが、がんと闘うためにさまざまな治療法を開発してきました。
遺伝子領域の研究が進み、免疫反応やがん細胞について詳しく解明されるようになると、がん治療に有効な治療薬が開発されるようになりました。通常、がん治療では複数の治療法を併用して行うことが一般的であり、がん免疫療法についても併用療法が進められています。
悪性黒色腫に対する臨床試験では、免疫チェックポイント阻害薬単剤投与では治療効果が30%程度だったのに対して、併用療法することで60%程度まで治療効果が上昇したと報告されています。今まで主要ながん治療であった化学療法や放射線療法に加えて、がん免疫療法との併用も試みられています。複合的な方向からアプローチすることで、がんに対して有効的な治療ができる可能性があります。
●参考文献
・がん免疫療法ガイドライン第3版(案)
https://www.jsmo.or.jp/news/jsmo/doc/20221212.pdf
・がん免疫療法を知る,がん免疫.jp
https://www.immunooncology.jp/patient/immuno-oncology/step3_01
・がん免疫療法のしくみ,m3.com
https://ph-lab.m3.com/categories/clinical/series/featured/articles/342
・免疫療法,免疫チェックポイント阻害薬とはどのような治療ですか?,日本肺癌学会
https://www.haigan.gr.jp/guidebook2019/2020/Q44.html
・養子細胞免疫療法,日本がん免疫学会
https://jaci.jp/patient/immune-cell/immune-cell-10/