がん治療における先進医療とは、通常の医療機関で行われる標準治療とは異なる治療法の一つです。先進医療は、有効性の評価の面で保険適応外となっていることがあるため、患者に経済的負担がかかるというデメリットもあります。しかし、治療の選択肢を増やし、治療効果を高める可能性があるため、先進医療の利用を希望する患者も存在します。
今回は、がん治療で行われる先進医療の特徴と注意点などを解説します。
1.先進医療と標準治療の違い

日本では、患者が公的医療保険の対象外となっている治療を受けた場合、標準治療を含めた一連の医療行為については自費診療と治療費を自己負担する必要があります。先進医療に分類された治療法を併用する場合は、先進医療の治療費は全額自己負担ですが、標準治療については公的医療保険が利用できます。先進医療は、標準治療への前段階の治療法とも言えるものであり、将来的な標準治療への導入のため評価を行うことを前提として標準治療との併用が認められています。
公的医療保険が使えない
標準治療と先進医療の大きな違いとして、先進医療は公的医療保険が適応されていないことがあげられます。公的医療保険は、国民が安全かつ有用な治療を受けられるように、有効性と安全性が確立された治療法のみを対象とするため、評価が定まっていない治療法については自費で受ける必要があります。先進医療は、公的医療保険の対象外であるため全額自費で受ける必要があり、患者の経済的負担が大きくなる懸念もあります。
有効性の評価に違いがある
先進医療は、有効性が全く評価されていない治療法とは異なり、一定以上の有効性の評価をされている医療技術です。将来的には公的医療保険の対象となる可能性がある医療技術もあります。また、標準治療で使われている治療法が、適応外のがんに使われる場合も先進医療に分類される場合があります。
先進医療として厚生労働省から認定されている医療技術は92種類があり、そのうち28種類を公的保険に移行する可能性が高い「先進医療A」、および先進医療Aよりも科学的根拠が乏しいとされるものを「先進医療B」と分類しています。
2.先進医療を受けるメリット

科学的に安全性と有効性が確立された標準治療のみでも十分にがん治療を行えますが、先進医療と併用することでメリットもあります。先進医療の中には、標準治療に比べて副作用が少ないものも存在するので、がん治療の選択肢を増やせることが利点です。
治療の選択肢を増やせる
先進医療は、標準治療として採用されていない高度な医療技術も存在しているため、さまざまな選択肢を確保できます。がんは、同じ部位にできたものでも個人差があり、同じ治療法でも効果に大きな差が出る場合もあります。
例えば、近年、注目されるようになった新しいがんの治療薬として免疫チェックポイント阻害薬についても、従来の抗がん剤では治療効果がなかったがんにも10〜30%の割合で効果があったと報告されています。しかし、免疫チェックポイント阻害薬は、がん細胞の状態によって効果が期待できないこともあります。がん細胞の状態によっては、有効的な治療法が変化するため、治療の選択肢を増やすことは大切です。
標準治療が難しい場合の希望になる
がんの中には、抗がん剤に対して抵抗性を持ち、標準治療ではうまく効果が出ないものも存在します。そのような場合、先進医療を試すこともできます。
「抗腫瘍自己リンパ球移入療法」というがん免疫療法は、がん組織を切除して組織内のリンパ球を増やしてから再度体内に戻すことで、がんに対する免疫反応を活性化させる治療法です。抗腫瘍自己リンパ球移入療法 は、切除不能で化学療法にも抵抗性があるものに対して使われる治療法であり、先進医療Bに分類されています。
先進医療は、標準治療では十分な効果がみられないがんに対して治療を試すことができ、患者にとって希望になる可能性もあります。
治療以外にも検査もある
先進医療は、がんに対する治療以外にもがんを早期に発見するための検査方法も存在します。がんは、小さいうちに発見して治療することで生存率を高められるので、早期発見は重要です。また、がんを早期に発見する検査以外にも、がん組織を採取して治療効果の高い抗がん剤を選択するための検査もあります。
先進医療に分類される検査方法が「抗悪性腫瘍剤治療における薬剤耐性遺伝子検査」です。この検査は、悪性脳腫瘍が対象であり、手術中に採取された組織からPCR法で遺伝子を測定し、抗がん剤の感受性を調べます。感受性の高い抗がん剤を使用することで、高い治療効果と副作用の軽減が期待できます。
3. がんにおける先進医療

厚生労働省が指定している先進医療のうち、がんに関連しているものは約30種類存在し、先進医療の1/3を占めています。2020年度に最も実施された先進医療は、陽子線治療で1196件も受けられています。重粒子線治療については703件も実施されており、がん治療において先進医療に希望を見出す人は多いと言えます。
陽子線治療
標準治療である放射線療法は、X線やγ線という放射線の一種を利用する治療法です。これら放射線は、最初に当たる体の表面近くで効果が最も強く、体の奥へ進むにつれて効果が減弱する特徴があります。そのため、がん以外の正常な細胞や臓器にも影響が起きるリスクがあります。
陽子線治療で使用される陽子線は、設定した部位に照射すると最大限のエネルギーを放出する特性があるため、がんのみに効果を発揮して正常な臓器への影響を最小限にできることが特徴です。身体への負担が少ないため、治療が終わった後の社会復帰も比較的しやすく、子どもへの治療でも成長に影響が少ないとされています。
放射線療法に比べると副作用は軽減されますが、照射した皮膚に日焼けのようなものがみられる場合もあります。局所に効果を発揮する治療法であるため、転移がない比較的早期のがんが対象です。また、消化管に発生したがんは対象外です。
重粒子線治療
重粒子線治療は、炭素の原子核を加速させて照射する治療法であり、水素の原子核を加速させて照射する陽子線治療と似た治療法です。炭素は水素よりも12倍質量が大きいため、がんに対する線量の集中性とエネルギー量が高く、陽子線療法よりも2〜3倍がん細胞を死滅させる能力が高いとされています。
がんへの殺傷能力が高い重粒子線を利用するため、治療期間も他の放射線療法よりも短期間で済ますことも可能です。前立腺がんでは、通常の放射線療法で40回前後の照射が必要ですが、重粒子線治療では12回の照射に減らせます。
内視鏡手術支援ロボット
がんの代表的な治療法の一つに外科手術があります。比較的早期のがんである場合、外科手術でがんを取り除くことも可能です。しかし、外科手術は、人体にメスを入れるため身体的負担が大きいというデメリットもあります。そのため近年では、内視鏡を用いた身体への負担が少ない手術へと転換されています。
内視鏡手術は、術後の回復も通常の手術よりも早く、見た目の変化も少ないことが特徴です。先進医療では、内視鏡手術支援ロボットを利用することで従来の手術よりも正確で緻密な手術が可能となり、多くのがんに対して治療が可能になっています。
術後のアスピリン経口投与療法
下部直腸を除く大腸がんのうち、ステージⅢ期の外科手術後において低用量のアスピリンを投与することで、がんの再発の予防に期待する治療法です。アスピリンは、解熱鎮痛薬としても利用されますが、血栓が作られないようにする働きもあり、心筋梗塞や脳梗塞を予防するためにも利用されます。近年では、大腸がんの再発を予防する効果が示唆される症例が報告されているため、先進医療Bに分類されています。
抗腫瘍自己リンパ球移入療法
近年、外科手術や放射線療法、化学療法に並んで第4の治療法として注目されているがん免疫療法は、患者のがんに対する免疫機能を活性化させてがんの治療を目指す治療法です。がん免疫療法の一つである抗腫瘍自己リンパ球移入療法は、がん組織に存在するリンパ球を4週間かけて1000倍に増殖させ、体内へ投与する技術が必要であり、世界ではアメリカ・イスラエル・デンマークなどの一部の医療機関でのみ行われています。日本でも、先進医療として慶應義塾大学病院のみで承認されています。非常に高額な治療であり、800万円以上も費用がかかるので注意が必要です。
細胞診検体を用いた遺伝子検査
分子標的薬は、がん細胞が増えるために必要なタンパク質や遺伝子の働きを邪魔することでがんの増殖を抑制する医薬品です。分子標的薬は、がん細胞にのみ働きかけて、健康な細胞への副作用が少ないというメリットがありますが、分子標的薬が働きかける因子が存在しないがん細胞には効果を発揮できないというデメリットもあります。分子標的薬を使用した肺がん治療では、分子標的薬が適応できるか確認するために事前の検査が必要です。保険適応されている検査では、胸の上から針を刺してがんの組織を採取する組織診検体が行われますが、患者の負担が大きく、場合によっては検体の採取が難しい場合があります。
先進医療では、気管支鏡によってがん細胞を含む痰などを採取してがん細胞の有無や遺伝子検査をする「細胞診検体を用いた遺伝子検査」を利用できます。組織診検体に比べて身体的負担が少ないことが特徴です。
4. 先進医療を受けるときの注意点
公的医療保険を利用できない先進医療は、標準治療とは異なる注意点があります。先進医療を希望したとしても受けられなかったり、思ったような効果が得られなかったりすることもあるので事前に相談と検討することが重要です。
必ず受けられるわけではない
先進医療を受けるためには、一般的な標準治療を受けたうえで患者が希望し、医師が必要性と合理性が認められた場合に、対象となる治療法が受けられます。また、先進医療を実施している医療機関でのみ治療が受けられるので、厚生労働省のホームページに載っている病院でセカンドオピニオンを受ける必要があります。
有効性に疑問が残る治療法も存在する
先進医療は、有効性や安全性の確認が不十分であり、公的医療保険の対象外となっているため、必ずしも治療効果があるとは限らないので注意が必要です。将来的には保険診療の対象となる場合もあるので、効果が期待できる治療法も存在しますが、有効性と安全性が明確になっていない治療法もあります。しかし、明確に有効性や安全性が認められなかった場合は先進医療の指定から外されることもあります。先進医療を受ける場合は、有効性と安全性について確認が必要です。
治療費が経済的負担になる
先進医療に分類されている治療法の中には、治療費が非常に高額なものとなるものも存在します。年間実施数の多い治療である陽子線治療では約271万円、重粒子線治療においては約312万円も費用がかかります。
また、標準治療とは異なり、治療法によって受けられる医療機関が限られています。そのため、住んでいる地域に希望する先進医療を受けられる医療機関が存在しないということもあります。公的医療保険が使えないため治療費は高額なものとなる傾向がありますが、場合によっては交通費や宿泊費も用意する必要があるので、患者の経済的負担は大きなものとなるので注意が必要です。
領収書の紛失に注意!
先進医療の治療費は非常に高額になる場合が多く、経済的負担は非常に大きくなりますが、税金の医療費控除の対象となるので確定申告をすることで税金負担を減らすことも可能です。そのため、先進医療の治療費や標準治療の一部負担金、入院中の食事代など領収書を大切に保管したほうがよいでしょう。
まとめ:先進医療を受けたい場合は主治医に相談することが重要

先進医療は、標準治療と併用することで負担を減らしたり、治療効果を高めたりする可能性があります。しかし、先進医療を利用できる条件に適合していなかったり、対応している医療機関でなかったりすると先進医療は受けられないので注意が必要です。また、非常に治療費が高額になることが予想されるため、経済的な状況も考える必要もあります。
標準治療に加えて先進医療を検討される場合は、まずは主治医に相談してみてください。
●参考文献
・先進医療の各技術の概要,厚生労働省
https://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/isei/sensiniryo/kikan03.html
・先進利用の概要について,厚生労働省
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iryouhoken/sensiniryo/index.html
・患者数が約9割減!2020年度先進医療の実績を見る,生活経済研究所長野
https://fpi-j.com/column/column1531/
・がん診療においても注目される「先進医療」。その定義と医療費のキホンをおさえる,アフラック
https://www.aflac.co.jp/gan/yokuwakaru/article/page48.html
・陽子線治療のメリット、デメリット,岡山大学・津山中央病院共同運用がん陽子線治療センター
http://top.tch.or.jp/merit.html
・重粒子線治療とは,神奈川県立がんセンター
https://kcch.kanagawa-pho.jp/i-rock/medical/
・ロボット支援手術,京都医療センター
https://kyoto.hosp.go.jp/html/guide/hospinfo/davinci.html
・抗腫瘍自己リンパ球移入療法,先進医療B評価用紙,厚生労働省
https://www.mhlw.go.jp/content/12401000/000666782.pdf
・先進医療の内容(概要),厚生労働省
https://www.mhlw.go.jp/content/12401000/000583371.pdf