親子でがん宣告されても、明るく過ごす私の乳がん体験談
東日本や近畿地方を中心に今季一番の寒さと言われているなか、親子で同時期に婦人系のがん病に罹った乳がん患者の取材のため大阪へ向かいました。今回の取材は、母親が乳がんによる抗がん剤治療中に娘さんが末期の子宮頸がんと診断され、しかも手術が出来ない、治療の施しがないという厳しい現実に付けられ、結果的に親より子が先に旅立った母親の闘病体験の話です。
初めて伺う体験談。ものすごい緊張と不安な気持ちで、天王寺都ホテル1階にある喫茶店で待っていったところ、満面な笑みで明るく私のかけ声に答えて北里さんはいらっしゃいました。そして、軽快な口調でご自身と娘さんのがん闘病記を語ってくださいました。
長い間の母親の介護から解放されたと思いきや、まさか自分ががん!
私の母親が心臓血管疾患の持病があったため、長い間私は母親の病院治療の付き添いなどの介護生活を送っていました。その母親が2017年3月に天国へ旅立ちました。ようやく介護の日々から解放され、少し自分のことを見る余裕が出てきたので健康診断を受けることにしました。
健診の結果は特に異常はなかったと言われましたが、6月のある日、自分で胸をさわったどころ何となくシコリがあると感じました。市立大学医学部付属病院へ再度精密検査を受けたところ、主治医から乳がんステージⅠ、腫瘍の大きさは2cmと診断され、本当にびっくりしました!
その後、8月に同病院で腫瘍とリンパ節を切除する乳房温存手術を受けました。手術の前の説明では、乳頭の下から切り、腫瘍とリンパ節を切除する温存手術をするということでした。手術から三日目の夜、入浴の許可が出たからシャワーを浴びました。
ふっと術痕をみたら、手術前に受けた手術法の説明と大分違った手術法で切除されたことを知り、大変ショックを受けました。術後の様子を診にこられた主治医(執刀医)に、手術法が違うと確認しましたが「当初からそのような説明で、その通りで手術を行った・・・」の一点張り。
「先生は若いから、70幾つのおばあちゃんの胸はどうでもいいと思っていらっしゃるのね。このような手術法でしたら、すぐ手術を受けないで、もう少し考えてから受けることもできたのに・・・」と、この時ばかりは先生にはっきり言わせてもらいました。
その上、主治医から「元気そうなので、もう退院しても大丈夫よ」と言われたので、翌朝退院して帰宅しました。つまり、私はこの温存手術で入院したのはただの三日間だけ。本当に言いようのない気持ちでした。
その後仕方なく10月~12月に抗がん剤治療と28回の放射線治療を受けました。抗がん剤治療を始めた最初の週は、免疫力が低下してしまい、一時中止して近所のかかりつけ医のクリニックで毎日免疫力を上げる点滴を受けに行きました。
その点滴が功を奏し、再び三週間に一回の抗がん剤治療ができ、その後の放射線治療も受けられるようになりました。抗がん剤治療中は副作用で髪の毛が抜け、歯もボロボロになっただけではなく、放射線治療の影響で皮膚がカサカサに。さらに誤照射による肺炎にもかかり、身体に相当なダメージを受けました。
自分の乳がんと次女の子宮頸がんが重なるショッキングな出来事
がん治療の副作用で体調の悪い日々を過ごしている中、11月に娘(次女)が末期(ステージⅣ)の子宮頸がんに罹ったことを知り、言葉では言い表せないほどショックを受けました。
まさか親子でがんに罹ると思ってもいなかったので、自分の治療どころではありませんでした。身体がフラフラして、精神的にも辛く体調がずっと優れませんでした。
次女の友人や娘婿のお陰で天仙液に出会いました
次女ががんと診断された当初、内視鏡手術で切除できると言われ、一縷の望みをかけて手術に臨みました。
しかし当日、手術室に入ってしばらくしたところ、主治医から「腫瘍の大きさやほかの臓器への転移もあるようで、内視鏡手術では無理なので、開腹手術に変更します」と言われました。
開腹を了承し4~5時間経ったところ、今度は「腫瘍の範囲が大き過ぎて手の施しがないので、そのまま閉じました」という結果を聞かされて、いよいよ絶望のどん底へ突き落された感じがしました。
その後次女はもう水分しか取れない状態でしたが、娘婿は絶対に助けるという強い気持ちで、日々ひたすら何十冊の医療本を読みあさり、ネットでも情報を調べたりしました。
また、次女は友人が多く、大勢の知り合いの方があらゆる治療法や治療薬の情報を探してくれました。その多くの情報の中で抗がん漢方薬天仙液のことを知り、すぐサンプル付の資料を請求しました。
ちょうど近所に知り合いの台湾出身の先生がいるので、その先生に香港から届いた天仙液を見せたところ、「製品にちゃんとシリアル番号があり、信頼できる漢方薬」と言ってくれました。
その話を聞いた娘婿はすぐ天仙液S注文しましたが、残念ながら次女の病状はもう天仙液を飲めるような状態ではありませんでした。そして2018年1月16日、40才の若さで天国へ旅立ちました。親より子が先という悲しい現実でしたが、笑うのが大好きな明るい子でした。
闘病中にも関わらず、彼女は常に「お母さん、これからどんなことがあってもありがとうの感謝の気持ちを伝えましょうね・・・明るい笑顔で挨拶しましょうね」と言っていました。次女は逝ってしまったけど、彼女に言われた言葉を胸に周囲への感謝の気持ちと笑顔を忘れず、心にゆとりをもって過ごすようにしています。
その後、私は自分のがん病の再発予防のため、次女が残した天仙液S(10㏄/日)を飲んでいます。服用してから、身体が温まった感じで、副作用でカサカサになった皮膚も良くなってきました。天仙液は本当にいい漢方薬だと実感しております。
また、がん病になる前から掛かりつけの歯科医院がありまして、その院長先生の話では「抗がん剤や放射線治療の影響で、歯茎が緩みグラグラになる歯槽膿漏状態の患者さんが多いのに、北里さんの歯茎は治療前よりも治療後のほうが歯茎の状態が良い」と言われました。
先生は大変驚かれたようで、これも天仙液の服用のお陰だと信じております。院長も天仙液に関心を持ったので、天仙液のサンプル資料請求を手配して差し上げました。
前を向いて、次女の分まで生き方を考えて愉しく過ごします
親子が同じ婦人系のがん病に罹って、娘をあの世へ送らなければなら悲しい結果ではありますが、次女が言い残してくれた
「感謝の気持ちを忘れずに」
「笑顔で挨拶しましょう」
という言葉を忘れずに彼女と楽しく過ごした日々を思い出しながら、近くに住む孫(長女の子)の世話をして、自分なりの生き方を楽しんでおります。
今回の親子のがん闘病体験で、沢山の事を考えさせられました。今は次女の分までストレスの溜まらない楽しい生活を送るように心掛けております。
例えば、おいしい物を食べに行ったり、大好きなマージャン(麻雀)をしたり、思ったことをストレートで伝えるなど、更に前を向いて日々頑張ると決意しました。
■取材レポート/国際癌病康復協会 大屋玲子
※体験談は、ご本人の実体験による感想であり、天仙液の効能・効果を示すものではありません。
※体験談及び年齢等は、お便りを頂いた当時のものです。